ビリから逆転合格した女子高生②

今週のお題「激レア体験」

 

その生徒自身も、自分に数学的センスが足りないことを途中から自覚し、一時期は残りの二教科、英語と生物でカバーしようと考えていた。だがどうやら、英語は偏差値60、生物は偏差値50くらいが彼女の上限で、それ以上の点数を取ろうとすると変に力んでしまって逆に成績が下がった。私立大学の獣医学部に入るためには、どの大学であっても英数理で偏差値60くらいは必要で、つまり絶望的な状況だった。

「AO(自己推薦)入試を受けたい」と彼女が言い出したのは夏休み中だった。おそらく一般入試では獣医学部には届かないと判断し、推薦入試に可能性を求めたのだ。ただ、獣医学部のAO入試の倍率は非常に高く、一方で彼女には推薦面接でアピールできる高校時代の活動実績が特になく、ただの時間のロスに終わるリスクの方が高かった。僕はその辺りを正直に話したが、それでも彼女の意思は変わらなかった。彼女は獣医になるには推薦しかないと直感し、リスクを承知で賭けに出ると決めたのだ。

推薦入試対策の授業も僕が担当することになり、僕は厳しい戦いだと承知の上でベストを尽くした。その推薦入試は、英数の学力試験と小論文と面接で審査されるとのことで、逆転するには小論文しかないと思い、毎日800字の作文を書くよう課題を出し、彼女が書いてきた作文を読んで修正の指示を細かく出した。英数の宿題も出ている中だったので大変だったと思うが、彼女は最後まで欠かさず課題をこなし、文章も日を追うごとに良くなっていった。

そうして彼女はAO入試に臨み、そこで奇跡が起きた。

①学力試験が、数学がとても簡単で英語はわりと難しく、彼女にとって理想的だった。

②小論文で、僕の授業で扱ったことのあるテーマが出題され、自信を持って書くことができた。

③面接の試験官が聞いてきた質問内容が、僕が夏休みに読むようにと薦めた新書(獣医の仕事に関するもの)の内容と重なっていて、その新書の筆者の意見を借りて答えることができた。

偶然が重なってすごくうまくいった、もしかすると合格できたかもしれない、と試験の翌日に彼女は興奮気味に報告に来て、そんなことが本当に起こるかな、と僕は内心疑ってしまったが、実際に彼女は合格しており、塾の講師たちを仰天させたのだった。

 

もちろん彼女は幸運だった。ただそれは、獣医の夢を諦めずに必死に努力した、その先に待っていた幸運だ。今の時代、何か夢があっても、大した努力もせず早々と諦めてしまう子の方が多い。それに僕は何人も推薦入試対策の授業をしてきたけれど、ある本を読むよう薦めても、買いもしなかったり、買ってもざっと目を通して終わったりする生徒がほとんどだ。

たしかに学力という意味では、特に数学のセンスでは、彼女は他の獣医学部の生徒に比べて劣っているかもしれない。それでも彼女には、リスクを取れる度胸と素直な姿勢があったし、それは学力不足を補ってあまりあるはずだ。きっと将来、良い獣医になってくれるだろう。

 

「この本のおかげで合格できました」

塾に合格報告をしに来た日、彼女はそう言ってバッグの中からごそごそと何かを取りだした。よく見るとそれは僕が薦めた新書だったが、やはり無残に分解され、セロテープで補強されていた。