ビリから逆転合格した女子高生①

今週のお題「激レア体験」

 

学力的にはどう考えても足りなかった女子生徒が、偶然が重なって第一志望の大学に合格できた話を書こうと思う。僕は長年受験指導をしているが、彼女くらい幸運な受験生には他に出会ったことがなく、だからたしかに「激レア体験」だった。

 

五年前の夏休み、当時の僕が勤めていた個別塾に彼女は入ってきた。高1で都内の中堅クラスの高校に通っており、一学期の成績がクラス最下位で、親が慌てて入塾させたのだった。清楚な身なりの子だったので、ビリギャルとは言えなかったが、状況は近いものがあった。

僕は英語の担当になり、ひとまず期末テストを見せてもらった。得点は20点台。高校受験をしたという話だったが、答案を見ると単語も文法も全然わかってない。なのに「獣医になりたい」と言っている。獣医学部は難関で、私立でもかなり偏差値が高い。そのうち現実が見えてくるかなぁ。そんなふうに思いつつ指導を始めた。

 

最初の頃の彼女はやる気もなく、宿題を出した範囲で単語テストをしてもまともに取り組んでこず、10点中2点くらいの時が多かった。しかし、「獣医になりたい」という思いは予想外に強く、高2になり現実が見えてきた頃、獣医を諦めるのではなく勉強時間を増やし始めた。けっして暗記に強いタイプではなかったが、僕のアドバイスに素直に従って通学中に単語をくりかえし音で聞くようになってから記憶が定着するようになった。文法は単語より苦戦していたが、宿題に出した範囲で理解できない所があると、印をつけてきて授業の最初に質問してきた。

今でも覚えているのが、テキストを小分けにして暗記する彼女独特の勉強スタイルだ。英単語帳も文法の問題集も、区切りに良い所で背表紙からカッターで切られており、1冊が20個くらいに分解されていた。それだと扱いやすい反面、脆くなり崩れやすい。だから分解されたパーツたちは、いちいちセロテープで補強されていた。

「こうすると電車の中で扱いやすいんですよ」

彼女は誇らしげに言ったが、電車の中で清楚系の女子高生がセロテープまみれの紙の束を開いている姿を想像すると、苦笑いするしかなかった。それでも、泥臭い勉強の成果が出て、彼女は高2の終わり頃になると英語では偏差値60近くを取れるようになった。

 

だが、彼女は数学がかなり苦手だった。偏差値は常に40以下。担当の講師に聞くと、努力はしているが、数学的センスが足りないとのこと。その講師はベテランで教え方も上手だったが、数学という教科はどうしてもセンスが必要になる。そして獣医学部は理系で、どうしても数学が必要になる。

「獣医は…ちょっと難しいね」

それがベテラン講師の正直な見立てだった。

 

(つづく)

ビリから逆転合格した女子高生②

今週のお題「激レア体験」

 

その生徒自身も、自分に数学的センスが足りないことを途中から自覚し、一時期は残りの二教科、英語と生物でカバーしようと考えていた。だがどうやら、英語は偏差値60、生物は偏差値50くらいが彼女の上限で、それ以上の点数を取ろうとすると変に力んでしまって逆に成績が下がった。私立大学の獣医学部に入るためには、どの大学であっても英数理で偏差値60くらいは必要で、つまり絶望的な状況だった。

「AO(自己推薦)入試を受けたい」と彼女が言い出したのは夏休み中だった。おそらく一般入試では獣医学部には届かないと判断し、推薦入試に可能性を求めたのだ。ただ、獣医学部のAO入試の倍率は非常に高く、一方で彼女には推薦面接でアピールできる高校時代の活動実績が特になく、ただの時間のロスに終わるリスクの方が高かった。僕はその辺りを正直に話したが、それでも彼女の意思は変わらなかった。彼女は獣医になるには推薦しかないと直感し、リスクを承知で賭けに出ると決めたのだ。

推薦入試対策の授業も僕が担当することになり、僕は厳しい戦いだと承知の上でベストを尽くした。その推薦入試は、英数の学力試験と小論文と面接で審査されるとのことで、逆転するには小論文しかないと思い、毎日800字の作文を書くよう課題を出し、彼女が書いてきた作文を読んで修正の指示を細かく出した。英数の宿題も出ている中だったので大変だったと思うが、彼女は最後まで欠かさず課題をこなし、文章も日を追うごとに良くなっていった。

そうして彼女はAO入試に臨み、そこで奇跡が起きた。

①学力試験が、数学がとても簡単で英語はわりと難しく、彼女にとって理想的だった。

②小論文で、僕の授業で扱ったことのあるテーマが出題され、自信を持って書くことができた。

③面接の試験官が聞いてきた質問内容が、僕が夏休みに読むようにと薦めた新書(獣医の仕事に関するもの)の内容と重なっていて、その新書の筆者の意見を借りて答えることができた。

偶然が重なってすごくうまくいった、もしかすると合格できたかもしれない、と試験の翌日に彼女は興奮気味に報告に来て、そんなことが本当に起こるかな、と僕は内心疑ってしまったが、実際に彼女は合格しており、塾の講師たちを仰天させたのだった。

 

もちろん彼女は幸運だった。ただそれは、獣医の夢を諦めずに必死に努力した、その先に待っていた幸運だ。今の時代、何か夢があっても、大した努力もせず早々と諦めてしまう子の方が多い。それに僕は何人も推薦入試対策の授業をしてきたけれど、ある本を読むよう薦めても、買いもしなかったり、買ってもざっと目を通して終わったりする生徒がほとんどだ。

たしかに学力という意味では、特に数学のセンスでは、彼女は他の獣医学部の生徒に比べて劣っているかもしれない。それでも彼女には、リスクを取れる度胸と素直な姿勢があったし、それは学力不足を補ってあまりあるはずだ。きっと将来、良い獣医になってくれるだろう。

 

「この本のおかげで合格できました」

塾に合格報告をしに来た日、彼女はそう言ってバッグの中からごそごそと何かを取りだした。よく見るとそれは僕が薦めた新書だったが、やはり無残に分解され、セロテープで補強されていた。

勉強とゲームの両立② スマホ編

前回の記事で、ゲームと勉強を満足いく形で両立させるのは多くの人には無理だと書いた。勉強量を増やす必要があり、ゲームがその妨げになっているなら、ゲームを売ってしまったり、せめて段ボールに入れて祖父母の家に送ったりして、物理的距離を取るしかない。中毒になっているとそれからしばらくつらいけれど、段々気持ちが落ちついてきて勉強量が増えてくる。

 

だが最近は、ゲーム機がなくてもスマホでゲームをすることができる。スマホがないと暮らしに支障が出てしまうから、手放すことは難しい。

また、たとえスマホでゲームをしなくても、(自分あるいは子供が)スマホの動画やSNSで時間を浪費してしまい、悩んでいる人も多いだろう。

そういう時どうすればいいか?

以下に三種類の方法を示したいと思う。

 

(1)スマホを家に置いて外で勉強する

これが最もスタンダードな方法で、受験で成功する生徒の多くは、実のところ早い段階からこれを実行している。高校受験生は塾にこもり、大学受験生は学校や塾やカフェなどを転々として勉強する。そして夜遅くに家に帰ってからスマホを扱うわけだが、疲れているのであまり時間を浪費せずに寝てしまう。

僕の生徒の中には「勉強中に音楽を聴くからスマホは必要」と言う人も多かったが、彼らにはウォークマンを持ち歩くことを勧めている。そんなに高くないし、リスニングの勉強もしやすくなり、生徒からは「思った以上に使える」と好評である。シンプルなツールというのは、一台持っておくと便利なことが多いのだ。

ただし今は外に出られないので、一時的にこの方法は使えない。今年度は今後どうなるかわからないので、家の中でもスマホと物理的距離を置けるようにしておく必要がありそうだ。

 

(2)リビングにスマホ置き場を作る

中高生になると自分の部屋で勉強することが多いが、スマホ(自分用パソコンがあればそれも)をリビングに置き、夜11時以降は自分の部屋に持ちこんで良いが、それ以外の時間にスマホを扱うならリビング内で、というルールを徹底する。

ただ、これは家族の協力と監視の目が必要だし、家族仲がいまいちだと実践が難しいという欠点もある。

 

(3)「キッチンセーフ」を買う 

 自分で決めた時間が来るまで中に入れたものを取りだせないこの道具、わりと高いのだが、安いと壊して中のものを取りだしてしまうから、これくらいの値の方がいい。

僕は普段(1)を実践することが多いのだが、今の自粛期間はこのツール(夜に家でデスクワークをする時のために以前から持っていた)が大活躍している。

自分で決めた時間になるとウィーンと音がして中のものを取りだせるようになり、そこからしばらくスマホで気分転換するわけだが、自分へのごほうびみたいな感じがして気持ちいい。

 

スマホで時間を浪費してしまう生徒に対し、僕が勧めている方法は上の三種類だ。

参考になれば幸いである。

また、この記事を読んでくださった方で、もし他にお勧めの方法を知っていたら、ぜひ教えてください。

勉強とゲームの両立①

今週のお題「ゲーム」

 

何を書けば良いかわからないので、とりあえず今週のお題について書いてみよう。

 

僕は学習塾を開いているので、ゲームに関する相談は保護者からも生徒からもよく受ける。「うちの子ゲームばかりやって勉強しなくて、だから成績悪いんですが、どう注意したらいいですか?」とか「テスト前でもゲームしちゃうんですけど、どうすればいいですか?」とかという相談だ。

そして僕の答えはいつも決まっている。「ゲームとうまく付きあえないのなら、手放すしかないです」という答えだ。期待されている答えじゃないのはわかっているけど、シンプルにそれ以外にないのだ。お酒とうまく付き合えないアル中の人は酒を買わないしかない、みたいな感覚だ。

 

僕もゲームが大好きだった。

うちは小学校の頃はゲーム禁止だったからプレーできなかったが、中学受験が終わると買ってもらえて。学校から帰ったら父親が帰ってくるまでずっとリビングのテレビを占領してテレビゲームをして、父親が帰ってきたら自分の部屋にこもってゲームボーイをしていた。

世代的にはスト2とかドラクエとかFFとかが流行っていた頃だったが、僕は手先が不器用で、たとえばスト2をやると昇竜拳を打ちたいのに波動拳が出ていく感じだったので、格闘ゲームやレースゲーム系はどうも好きになれなかった。加えて根性が無いのでロールプレイングゲームも、終盤が近づいてきて敵が強くなってくるとレベル上げが面倒になって、友達にエンディングを聞いて、ふーん、そうなるんだ、じゃあもういいや、という感じで中途半端に投げだしていた。逆に好きだったのがシュミレーションゲーム系で、最初の頃はシムシティでいくつもの街を作り、高校生くらいからはダビスタにはまってマイ三冠馬たちを育てていた。うまくいかないこともあったけど、そういうときはリセットボタンを押せば、うまくいくように変えられた。

部活も忙しかったので、普段はほとんど勉強しなかった。出さないと居残りさせられるような宿題は渋々やったけれど、答えを写して提出すればいい宿題は答えを写したし、先生が厳しくチェックしない宿題は完全スルーした。テスト期間中はさすがに勉強時間を増やしたが、昼間に気分転換という名目で何時間かゲームしてしまったり、夜中にゲームに逃げてしまって後悔したことも多かった。ゲームさえしなければもっと良い成績を取れるのに、という思いつつも、自分を正しくコントロールすることなんてできなかった。勉強よりはるかに面白いのだから、家にある限り誘惑に抗えなかった。

 

でも高3になり大学受験が近づいてくると、ゲームする時間がもったいないと感じる気持ちも、ゲームの誘惑に負けてしまう自分への怒りも日を追うごとに強くなってきて、ある日、衝動的に中古屋に手持ちのゲームを売りに行った。お金がもったいないという気持ちもあったが、この衝動に身を任せる方が正しいという直感に従った。そのあと一度、どうしても我慢できなくなって貯金をはたいて買い戻してしまったが、その三日後くらいにまた売りに行った。2万円くらいの無駄遣い。高校生の身にはずいぶん痛い出費だったが、その痛みのおかげでそれからは受験が終わるまでゲームに戻ることはなく、つまらない、つまらない、と思いながら受験勉強を続けて、ぎりぎりの時期に成績を上げることができて何とか志望校に合格できた。

 

長々と自分の経験を書いたけれど、実際世の中には「1日1時間まで」という自ら決めたルールを遵守してゲームとうまく付き合いつつ受験勉強を進められる人なんてごくごく一部で、受験がうまくいった同級生たちや生徒たちは僕と似た経験をしていることが多い。ゲームを売った人だけでなく、衝動的に破壊したという人も多い。ダメだダメだと思いながらもゲームの持つ強い魔力に負け続け、自己嫌悪感に浸り続け、しかし「ある日」がふとやってきて、金銭的な痛みを覚悟した上で強制的にゲームと距離を置くのだ。まさに肉を切らせて骨を断つ的な感じで。

 

この「ある日」がいつやってくるかはわからない。こういうきっかけは、不意に向こうからやってくる恩寵のようなものだから。これを周囲の大人が意図的に作ってしまうと、大体うまく勉強に気持ちをシフトできないまま終わってしまう。歯がゆく感じることも多いけれど、保護者や教師は注意をしつつも強制はせず、子供が自発的に変わるのをひたすら待つしかない。また、もし運悪く「ある日」がやってこず不本意な受験結果に終わったとしても、それがその時点でのその子の実力だったと考えるしかない。結局、運も実力のうちだし、その失敗を本人が受け止めて反省することが、その後の「ある日」につながるわけだから。

 

とはいえ、今の中高生のゲームツールはスマホであることが多いから、昔より「断ち方」が難しい。

僕は「ゲームとうまく付き合う」のはゲームが魅力的すぎて凡人には難しいが、生徒それぞれに合った「断ち方」はあると思っていて、だから自分の塾の生徒にはいくつかの方法を教えて選ばせている。子供が「ゲームを断ちたい」と思った時、方法をたくさん知っていれば、その中から自分に合ったものを選ぶことができ、「ある日」が来た時に「脱皮」できる確率が上がるからだ。

次回はその方法について書いてみたい。